訓練

あの時の猫は、私にとって唯一 かけがえのない存在だたわけですから、 キツカッタですね。 「もうだめでしょう」と動物病院から 連絡をもらった夜、聖書を枕もとにおいて 1晩中祈りつづけました。 クリスチャンというわけでもないのに。です。 もうそういう時って なんかわけのわからない状態になっているのでしょうね。藁をもすがる思い? あ、聖書が藁だというわけではないですが。「私の寿命を減らして その分で猫の命をどうかどうか 助けてください」 などと、神様に 必死にお願いしていたのです。でも祈りは通じませんでした。 しかし、あそこまで取り乱したのは はじめてでした。 不思議です。 たぶん、猫の死をきっかけに 以前にもっと取り乱したかった時に 取り乱せなかった分まで いっきに取り乱したという感じ? よくわかりませんが。 でも、やっぱり もう二度と取り乱したくないから 感情の殺し方とか 訓練したいなあ。なんて思います。 不意打ちを食らわされた時も 取り乱さないための訓練とでもいうのでしょうか。